益嗣の独り言
易学の奥義を極めた山本益嗣が日本において独自の理論で新たな易経の道を世界に向け、広げる事を主としたものである。古典となった奥義を現代にまで通用する新しい解釈で世に正義と真実を伝えたいと考えています。
西洋における占いとは・・・
代表的なものはノストラダムスが得意としたカバラ占星術だと思います。

私も東洋の学問だけではなく、西洋の学問も一応学んできており、東西の統一性と違いなどが一目瞭然にわかるようになっております。

それは西洋は太陽を基点に基づく太陽暦で構築され、東洋は月の満ち欠けによる大陰暦を基に作られているということなのです。

それは太陽暦は一年を365日でとり、大陰暦は一年を354日でとるということなのです。

八年というスパンで考えると、不思議な事に大陰暦も太陽暦も一致する法則が存在するということがわかるのです。
科学的に説明することは別段難しい事ではないのですが、天文学の知識がないとなかなか理解していただけない為、今回は説明をこの程度にしておきます。

自然科学といわれる分野はイギリスが最も早く研究され、それなりの実績があるものの目に見えない実在の世界を説明するわけですから、検証する為に実験などが行なわれるもののなかなかデーターとして残せないことが学問としての体系を作れない由縁だと思われます。

多くの学問を学ぶことで人はそれなりの知識と理解をする事ができるが、事、運命学だけに関しては人が学ぶ学問では明確な答えが出せないことも事実なのです。

そこである種人が生まれた時から有する直感という感覚が一流の運命学者となる素質でもあるわけです。
教えられなくても何となく感じ、理解が出来るという感覚が人には必要な事と思います。
にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
ブログランキング・にほんブログ村へ
超人的な能力を発揮する視点とは・・・?
前回のブログでの説明の中で、「法眼」「仏眼」という超人的な能力を発揮する説明をもう少し、詳しく述べたいと思います。

先ず、法眼の下にある慧眼の説明をしないとあとの二眼がわからないと思います。

慧眼とは、ある種人間が、経験という人間社会に於ける吉凶悔稟を体験することにより、人の持つ喜怒哀楽というものの感情が究極の域までに達した時に、感覚として持ち合わせる能力となります。

それは、人は間違いを犯す為に、人生を歩むという前提を元に考えられている理論でもあるわけです。
日頃、無計画に淡々と生活を送る方には、決して到達できない領域でもあります。

法眼、仏眼もまた人が修業や苦難を乗り越えた後に覚醒するある種の境地でもあり、先天的にこの仏眼、法眼を持って生まれた人を天才というわけです。

天才でなくても、人が努力し、人一倍の経験をしたのち、自然に天才の領域へと進化する過程を表している視点を表現している言葉でもあるわけです。

一般の方々は肉眼でしか物事が判断出来ず、短絡的で、味気ない人生となるのです。

極めることで人は徐々に段階が上がり、遂には宇宙の法則を自然に体得できることとなるのです。

にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
ブログランキング・にほんブログ村へ
天道明徳とは
孔子が説く「天道明徳」とは、天にある信・礼・仁・義・智の5徳を実践するならば、人に忠・孝・貞の3徳が備わるとあります。

これはわかりやすく説明すると、人は自分自身で人生を生きているのではなく、この世に誕生させて頂いた事を人は早く理解をすることを教えていることなのです。
人には宿命というものが存在し、その宿命を理解し、実践するならばその方の人生に幸せと成功をもたらすと奥義の中に記されております。

いかなる宿命・運命が存在しようとも人は天が指し示す王道を歩む事で自然の天の哲理に到達し、人生を謳歌できる事となるわけです。

人を羨むことはなく、自分自身の先天運の中に幸せがあるのです。

自分にあった生き方を早く見つけることが成功へと近づく方法なのです。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学・思想へ
にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
先見性とは
哲学の分野では物事やものの見方について、5つの視点を表しております。

先ず、人間であるならば必ず持ち合わせる「肉眼」、文字通り物を見たまま判断する事です。
それでは一流大学出が持ち合わせる目とは「天眼」、物事を論理的に捉える眼、今からが大切な事なのですが、先見性とは天眼の上の眼「慧眼」物事を論理的、且つ哲学的に捉える眼の事を表します。
その上は「法眼」、物事を芸術的に捉える眼、そして最上級の眼は「仏眼」となります。物事を宗教的に捉える眼のことです。
成功者や先見性のある人達は今書きましたように、「慧眼」以上の眼「法眼」「仏眼」を三眼で森羅万象や、未来を見通し、先手を打つやり方が出来る人の事を表します。
私も全国の経営者の相談を受け、先見性を持つ経営者が現代は少なくなった事を嘆かわしく感じる毎日でもある訳です。
飽食をむかえ、繁栄から頽廃へと時代が冷え込んでいる時こそ、先見性を持って事業展開をかければ、短期間で成功へと駆け上る事が出来る時代になったのかもしれません。

あるものを守るという保守的で消極的な企業や経営者はこれから迎える完全デジタル化社会には適応が出来ず、崩壊することとなります。
古人や賢人が唱えた哲学の中に混乱や激動を迎えた時代に対処する方法を学びとるということが出来ると思います。

にほんブログ村 哲学ブログへ
世情
昨今のメディアの放送を見るたびに、非常に悲しく思う出来事が多すぎます。
昔ならば、問題とならない事が常識やモラルが低下したために、想像できないような卑劣で稚拙な事件が多すぎると思います。

昔から、私の持論として、経済は豊かになったが、それを支配し、指導する人の意識が非常に低下しているということです。
易学の世界でも、人・物・金の順番で、理論が構築されており、一番大切な人というものを改めて認識する時代が来たと思われます。

喜怒哀楽という人間特有の感情をいかに人間社会に適応させ、順応させていくかということが家庭及び組織に要求されるテーマとなってきています。
精神論や正義だけでは、今の世の精神が病んだ不正義な世の中には通用しない事となっております。
将来を考えるならば、改めて人間というものをグローバルな視点から、ミクロの視点を持ち、徹底的に分析することが必要となってくるはずです。


にほんブログ村 哲学ブログへ